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奈良の長谷寺写真現在の大和長谷寺
(真言宗豊山派総本山)
Photo by 幽黙
 その法話の後、僧は白助が供養のために千日の間沸かしつづけた湯で沐浴をしました。すると、やがて浴槽からこの世ならぬ芳しい香が漂ってきました。白助は不思議に思い窓から覗き込むと、何とそこには金色に光り輝く阿弥陀如来がいらっしゃるではありませんか。白助は喜びのあまり浴室に入って礼拝しようとしましたが、入ってみるともう如来は消え、ただこの世ならぬ香だけが残っていました。その後、長い年が経って浴室は壊れてしまいましたが、建物の板が七枚だけ残され新長谷寺(当山)の観音堂に納めてあり、それらは今なおこの世ならぬ芳しい香を放っているのです。この板こそは善光寺如来の奇跡の証しではないでしょうか。きっと善光寺如来が一人の僧となって現われ、奈良長谷山が今も昔も観音の霊地であることを世にお知らせになったのでしょう。

 白助は善光寺如来が姿を変えて顕れた僧の教えにしたがって、奈良の長谷山を尋ね入っていきました。しかしその頃はまだ、本尊が出現した宝石も顕れておらず、当然お堂もなければ本尊もありません。白助はただ呆然とし、仕方なく山の奥へ奥へと向かっていくと、山の中心あたりに光を放っている場所をみつけました。白助はその場所に卒塔婆を立てそれから三年間にわたって、月毎に香や花を捧げて、礼拝し、念じ経を唱え続けました。

 ある夜の夢に、白助が建てた卒塔婆のそば、それはちょうど現在の本尊がお立ちになっている金剛座の辺りでしたが、そこに十一面観世音菩薩がお立ちになっていらっしゃいました。右脇には十七、八歳とおぼしき少年が従っておられます。白助は夢の内ながら感激し『本当にこのお山は観音さまが福徳を生んでいらっしゃる場所であった』と、観世音に礼拝し合掌しました。その時、少年が白助にこう告げました。『今後この観音さまに向けて修行の功徳を積んでいけば、お前の願いは必ず叶うだろう。明日、この山を出るときに最初に会う女性を妻としなさい』。

 夢から覚めて山から下りていくと、初瀬の里の森というところで、白助は少年を一人連れた女に出会いました。その女は姿形があまりに美しくて、白助としては近づきようがありません。しかし白助は兎にも角にも親しげに近寄ってみて、夢に顕れた観世音のお告げを語って聞かせました。すると女はただちに「あなたに従いましょう」と云うではありませんか。白助は大喜びで、さっそく女と少年を連れて故郷の信濃国更級郡へ帰っていきました。