よく聞いておくれ
先年、101歳で遷化なされた松原泰道老師は、9歳の時に出家なさいました。
その得度式の時のこと、式がすむと、導師を勤められた松島瑞巌寺の盤龍老師が、少年の泰道坊を優しく抱いて、本堂に掲げられた涅槃図の前に進まれました。そして泰道坊を優しく抱いたまま、涅槃図の中で、お釈迦様の足に手をかけて泣いているお婆さんを指し、次のように語りかけたそうです。
「このお婆さんは、若い頃にお釈迦様に会いたいと旅に出た。風の便りをたどりお釈迦様をたずねるがいつも行き違い。気の毒にも、娘は旅を重ねて歳をとってしまった。ある日『お釈迦様は、あの沙羅の森にいらっしゃる』と聞いて、ようやくめぐり会えた。しかし、その時にお釈迦様はすでにお亡くなりになっていたので、一言も言葉を聞くことができなかった。泣いているお婆さんをごらん」
この時、9歳の少年は、老師に抱かれながら何を思ったのでしょうか。大きな絵の中に横たわるお釈迦様と、その足をなでて泣いているお婆さん。じっと絵を見つめる少年に、盤龍老師は静かに続けます。
「わしの話しをよく聞いておくれ。お前は、お釈迦様がお亡くなりになってから二千五百年もたって生まれたが、お釈迦様の教えのお経を毎日読むことができるのだから、いいお坊さんになるんだよ・・・」
老師は、ふところの泰道坊にそうおっしゃって、頭をなでてくれたそうです。
どうぞ皆様も、涅槃図に描かれる、お釈迦様のおみ足に手をかけて泣いているお婆さんをごらんになってください。
そして、老師のお話を思い出し、ひとつひとつの出会いの、文字通り有り難い、その貴さを見つめ直してみましょう。